開催レポート Pilot #1 「好きに導かれてどこまでも行っちゃう女性建築士」の場合

定刻より5分遅れ、「鯖サンド」は始まった。

6月16日、冴えない天気が続いた梅雨の後の、奇跡的な晴れ間の快晴だ。
会場となるJR熊谷駅ビルAZの6階にあるKUMAGAYA PLACEにあるホール、PLACE HALLはエスカレーターで登って来て目の前にある。
頭上に広がる吹き抜けのガラス張りの天井からは、早い夏空を思わせる日差しが差し込んでいた。

緊張と期待の面持ち

事務局メンバーは午前中から、最終確認、準備のためにプレイスコーヒーへ集合。
しばらくすると、PLACE COFFEEの梅澤店長と小野副店長が、活き活きした面持ちで、特別多めに用意した鯖サンドをテーブルに並べ始めた。
そして一言、「<輪郭>を撮り始めます(笑)」と、並べた4個の鯖サンドに嬉々としてスマホを向け始めた。
今回のクロストークイベント名「鯖サンドの輪郭の照らし方」が、SNSやチラシ、または人を介し、多くの人の目や耳に触れていたことを、開催の初回当日、こんな様子から実感する。


そんな温かな雰囲気の中で、どのようなイベントの結末を迎えるか不安になる事務局の各面々。
必要事項の最終確認をし終わったころ、本日の主役のひとり、大橋さんを迎えた。
建築の仕事が忙しい中、初回パイロット版の登壇者として協力していただいた。
この直前の1週間も、北海道、新潟と出張で、日本中を漂流し続け、流れ着いた熊谷だったとのこと。
しかし、疲れを微塵も見せない素敵な笑顔で、当日を迎え緊張する事務局メンバーを和ませてくれる。
軽い最終打ち合わせの後に、一堂で齧り付く鯖サンド。
初開催に向けて事務局メンバーのエンジンは温まりはじめた。
会場内では、受付開始のギリギリまで登壇者の2人がスライドの中身を調整しつつ、2時間弱の流れの最終確認を行っている姿がある。
他のメンバーも、FacebookとInstagramのアカウントから、同時ライブ配信を行う準備を進めていた。
全ての準備が終わり、受付を開始30分前にスタート。あとは来場者を待つばかりだった。

準備完了、頃合いよし

開場と同時に、事務局のオオカワさんが受付を開始。
ぱらぱらと参加者が集まり始め、受付では、アンケートを配布している。
同時に、今回のイベントに協力者が関わるFMクマガヤの冊子、また、NEXT商店街プロジェクト「星川夜市」のチラシも同時に配布された。
メンバーの友人のお子さんが、受付の背にある黒板に、「さばさんどうりば」と、拙い字。
チョークで「看板」を書いてくれる微笑ましい風景も見受けられた。
PLACE COFFEEならではの風景だ。
事前申し込みでは10名に満たなかった予約者だが、当日の飛び込みも含め、最終的に参加者は15名。
賑やかな雰囲気で開始を待つことになる。

大橋さんの「好き」と安藤さんの覚悟

司会は、「星川夜市」の広報部長のオオカワハルナさん。
来場者への「みなさんには好きなものはありますか?」の問いに、一瞬静まり返る。
通常の「キャリアイベント」では、このようなキャッチボールが多くあるかはわからない。
「鯖サンド」は少し不思議な雰囲気で始まった。
慣れない空気を察し、「オリーブが好きです」と応えてくれたのは、Olive Ranch Marketの須永さん。
質の高いオリーブをいつも市内のイベントなどで私たちに届けてくれる。

熟れない司会。

普通と違うイベント全体の空気感。

トークを交わす2人の少し不安げな表情。

後ろから息を飲む事務局メンバー。

ここからの約1時間半は、大橋さんの「好き」が何で形作られているのかを追求する時間だ。
その根底に繋がるものは何かを探っていく思索の旅となる。
安藤さんは、約1ヶ月前に大橋さんと市内のレストランでインタビューを行っている。

この日までの間、幾度となくこのインタビューでの会話を反芻し、準備を進めてきた様子だ。
クロストークの準備といっても、前段階で出来ることは限られている。
しかし、話の流れをコントロールする必要もある。
時間内に収める必要もある。1時間半後のエンディングへ向けた筋立てが必要となる。
かといって、準備しすぎてはいけない。
会話の流れは、決して再現性があるものでもない。
描いた脚本を棒読みするだけでは、驚きや発見もない。
それはまるで、「うなぎのしっぽ」を掴むようなものだ。
相手のことを深く理解しようというスタンスで、何が「うなぎのしっぽ」なのかを見極め、話の流れで掴み切る必要がある。

話すことが得意だという大人でも難しいはずだ。
話しをすることと、魅力的な会話をすることは全く別物である。
当日、開始直前の10分前の段階で、安藤さんが涙を流す姿も見られた。
決して緊張での涙ではない。
後に、本人はこう語る。
涙の理由は、改めて感じる「キャリアを考えること自体の得体の知れない怖さ」だったと。
本人自身がゼロベースで積み上げて行くキャリアを考えること自体が、人生で初めての他人から与えられたものではない「大きな宿題」となっているのだ。
直前で本人の口から語られた、その素直な課題意識と不安は、「鯖サンド」の投げかける問いと、微塵のズレがない。
大橋さんの「好き」に導かれるままに流れができれば、それが今日の「鯖サンド」の結末となる。
司会のオオカワさんからバトンを受け取った安藤さんの、大橋さんとのクロストークは静かに始まった。

建築は人の体を包み込む衣服である

直前まで不安を感じていた安藤さんだが、その不安を周りに感じさせないほど、驚くほど安定した話出しだった。
しっかり準備を重ねてきた証拠だ。
オーディエンスに言葉を選びつつ話を進めて行く安藤さんに対し、大橋さんも軽快な様子で、丁寧に言葉を選びながらスタートを切った。
クロストークパートナーとしての役割を果たそうとする安藤さんの導入により、大橋さんのストーリーの扉が開いていく。

「好きじゃないとやっていられない。」

始まりはその一言だった。

好きなことは絵を描くこと。
そして、友人の家の間取りや不動産チラシに載っている家の間取りをくまなく見ること。

「自分には絵のこと以外何もない。」

とさえ思っていた。

そんな幼少時代を過ごしたのち、大学進学を迎えて岐路に立つ。
美術大学に進もうと考えたが、学科は何にするか。

そんな折、地元にある美術館で行われていた建築の展示会に行く機会があった。
そこで見たものは、今まで自分が考えていた建築というものの範疇を超えていた。

「建築学科に決めた。」

大学では様々な価値観に触れた。
インスタレーションを作ったり、卒業制作で踊ってみたりする人もいた。

「いい意味で壊れている人が多かった。」

それは多様性という単純な言葉では言い表せない。

そんな大学生活を通して、一つの価値観が生まれた。

「服も建築も、人を包み込むもの。」

布は肌から数センチ、壁は肌から数メートルと、距離感が違うだけで同じもののように感じた。
卒業制作では、ある複合施設を設計した際、その施設のユニフォームまで作った。

その価値観は今も変わらない。
まちづくりに対する姿勢に反映されていく。

まちづくりへの覚醒

就職先は大手ハウスメーカーに決めた。
日本におけるハウスメーカーは、人々のイメージにおいても、設計という仕事の視点においても、規模の大きな存在である。

「まずは、見てやろうという気持ちでした。」

敢えてその世界に飛び込み、肌身で感じ、気づきを得たかった。
外から見ているだけでは分からなかった新たな世界。
一般住宅を数多く設計している中で、疑問が湧いてきた。

「価値ある新しいものを作っているつもりだったのに、価値あるものとして考えない人と同じ場所に混ざってしまっているのではないか」

再利用を考えない設計方法や材料。
将来的に壊すことを前提に作られる住宅。
まだ住まいとして使われない状態にも関わらず壊されるモデルハウスはその最たるものだった。

「許せなかった。心が離れていく思いがした。」

もう新築はやりたくないと思っていたそんな折、本庄の街並みを思い出す。
過去に、埼玉県本庄市の担当になった時期があった。

「ここは他とは違う。」

直感的にそう感じた。

大橋さんの地元は埼玉県川口市である。
川口は循環が速い。
圧倒的な速度で古いものが壊され新しいものに生まれ変わっていく。
まるで過去に何の価値も無いかのように。
しかし本庄には、過去が価値を持って存在していた。
ここには何もないと本庄が地元の人達は言うが、決してそんなことはない。

「ずっと中にいると、自分たちの価値に気づかない。」

地元に住んでいると当たり前すぎて分からない、よそ者だからこそ気づく価値があった。外に出てみて初めて見えてくるものがあることに気づいた。

特に、本庄駅北口の銀座通りがお気に入りだ。
古くは中山道として栄え、戦火も免れたため、美しい街並みが今も残っている。

しかし、本庄の人たちは「こんな建物は貸せない」と口を揃えて言う。
古い建物にお金を払ってもらうのは、借り手に失礼ということだろう。

新しいものには価値があり、古いものには価値がないのだろうか。
新しいものもいずれは古いものになる。
全てのものは時の流れに身を任せ、風化していくのを待つだけの存在なのか。

「ここに住みたい。」

そう思ってから行動に移すまで、さほど時間はかからなかった。

本庄にある長屋を借りた。
リフォーム・リノベーションはできる限り自分たちでやることにした。
床を剥がしたり壁を貼ったり、作業は大掛かりだが楽しさもある。
必要なものを必要な時に自ら作り出すスキルは、今の日本人に足りないことだと思っている。
自分たちのような若者でもできるんだということを見せることができれば、本庄の方々の自信につながり起爆剤になれる。

居心地のいい場所から口だけを出すのは誰でもできる。
机上の空論を振りかざす前に、自ら実験台となる決意をした。

思えば大手ハウスメーカーに就職したときもそうだった。
意を決して飛び込まなければ見えてこない真実、そして得られる果実。

これは挑戦である。
ただ、肩肘張った息苦しい気持ちはどこにもない。
心の根っこには「好き」というポジティブな感情が必ずあるからだ。

コーヒーの香りがする熊谷には文化がある

大橋さんが実は「好き」から始めたものではないものがある。
それが、コーヒーだ。

話題は、建築から、コーヒーに流れていく。
大橋さんはバリスタとしての顔を持つ。

プロジェクト名「常常(つねづね)」

手書きのロゴには、<同じ字面だが、全く同じ毎日ではない、ちょっとだけ幸せな日常>という想いがこもっている。
今では「常常」としてコーヒーを淹れているが、実は、体質が合わず、あまり飲めないと言っていた。

「一回暴れてきます」

ちょうど会社をやめると同時に、コーヒーの修行へ入った。
都内にあるカフェに1年ほど弟子入りし、エスプレッソを抽出するまでに修行を積んだのは、街に対する思いからだった。

なぜ、コーヒーだったのか。

「コーヒーの香りがするところには、文化がある気がした」

コーヒー淹れる人間をバリスタと呼ぶ。
この熊谷をはじめ、近隣の深谷。

「熊谷や深谷もコーヒーの香りがする。」

ここで、大橋さんの中で建築とコーヒーが化学反応を起こす。

「誰も街を面白くしないのなら私がしよう。」

本庄をコーヒーの薫る街にしたかった。
大橋さんの中で、コーヒーの薫りは文化である。

本庄に縁もゆかりもない。
頼る人(友達)がいなかったが、一歩踏み出したら、手を差し伸べてくれる人がたくさんいて、それが今のまちづくりにつながっている。

人と人の繋がりを感じた。

異なる方向に見えるバリスタという仕事も、大橋さんの価値観の中でいつの間にか建築とつながっていた。

おわりに ー「好き」という糸

私たちは、キャリアを「複数の選択肢から一つを選ぶもの」として捉えがちだ。
進学もそう。
就職も、転職もそう。
結婚もそう。

もしも、掛け離れた要素を脈絡が無いように拾い集めていくと、

「何をそんなフラフラして。」
「一つのことを一生懸命やりなさい。」

という進言を受けることになる。

しかし、本当にそうなのだろうか。
一つしか選べないのだろうか。
不安定な行為なのだろうか。

今回ふたりの会話を聞いていると、キャリアとは決して一つの選択肢でまとめきれるものではないということを感じる。

今回のテーマである「好き」を例えるなら、それは「糸」に近い。

一見脈絡のないパーツを、一つ一つ組み合わせて、丁寧に立体物に仕上げて行く。
私たちは、縫い始めから縫い終わりまで、一本の糸で丁寧に一つ一つの端切れを縫い繋いでいくような作業を死ぬまでしていく。

キャリアを積むというのは、高価なパーツを丁寧に等間隔に並べたてることではない。
丈夫で、簡単には切れそうもない、素敵な色の糸をどれくらい長く紡ぐことができるか。

切れたら、その時また結び直し、縫い始めることもできるのだから。


執筆

望月友貴
安藤理布
山藤優花
オオカワハルナ
MOTHER SHIP Project